AIの思考プロセスは、人間の脳の「バグ」を修正できるか?
AIが「考えていること」を見せてくれる時代
最近の対話型AIを使っていると、回答と一緒に「思考プロセス」や「thinking」といった、緑やグレーのブロックが表示されることに気づいた方はいないでしょうか。
あれは、AIが「どのようにしてその結論に至ったか」という思考の足跡を見せてくれている機能です。私たちがAIに指示を出す「プロンプト」という名のコマンドの効果を最大限に引き出すための工夫の一つが、この「思考の可視化」なのです。
驚くべきことに、AIに対して「ステップ・バイ・ステップで考えてください(Let's think step by step)」と付け加えるだけで、その性能は劇的に向上することが知られています。複雑な問題を分解し、順序立てて考えることを強制されると、AIはより賢くなります。
そこで、私はふと考えました。もし、この「ステップ・バイ・ステップで考える」という強制を、私たち人間自身の脳に応用したら、どうなるのでしょうか?
人間の脳はサボりがち?二つの思考モード
私たちの脳には、大きく分けて二つの思考モードがあると言われています。ノーベル経済学賞を受賞したダニエル・カーネマンが提唱した「システム1(速い思考)」と「システム2(遅い思考)」の考え方ですね。
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直感思考プロセス(速い思考): ほとんど無意識で、感情的、直感的に物事を判断するモードです。「この人は苦手かもしれない」とか「面倒だから後回しにしよう」といった、瞬時の判断を司ります。生存のためには不可欠ですが、「認知バイアス」 と呼ばれる思考のクセやエラーを起こしやすいのが欠点です。
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熟慮思考プロセス(遅い思考): 意識的に、論理的・分析的に物事を考えるモードです。まさに「ステップ・バイ・ステップ」の思考であり、数学の問題を解いたり、複雑な計画を立てたりする時に使われます。エネルギーを消費するため、私たちの脳はできるだけこのモードを使いたがらない傾向があります。
問題は、本来なら「熟慮」すべき重要な局面でさえ、私たちはつい「直感」に頼ってしまい、結果として判断を誤ってしまうことがある、という点です。
AIは「熟慮」を強制する外部装置になる
では、どうすればサボりたがる自分の脳に「熟慮モード」のスイッチを入れさせることができるのでしょうか。
その答えの一つが、AIを思考の「壁打ち」相手として使うことです。AIとの対話を通じて、自分自身の思考を客観視し、強制的にステップ・バイ・ステップで整理するのです。
AIを使って頭の中を整理したいとき、難しく考える必要はありません。 ただ、次の4つのステップを意識して対話するだけで、驚くほど思考がクリアになります。
ステップ1:「とにかく、全部話してみる」 まずは頭の中のモヤモヤを、そのままAIにぶつけてみましょう。支離滅裂でも、感情的でも大丈夫。「なんだか分からないけど不安だ」の一言からで構いません。
ステップ2:「これって、本当に『問題』?」と疑ってみる 次に、AIに「この悩みを、別の視点から見たらどうなる?」と聞いてみます。自分が「問題だ」と思い込んでいることから、一度離れてみるのが目的です。
ステップ3:「なんでそう思うんだっけ?」と根拠を探す 「なぜ自分はこんなに焦っているんだろう?」とAIと一緒に、感情の根っこにある事実や過去の経験を探します。感情と事実を切り分けるステップです。
ステップ4:「じゃあ、どうする?」と次の一歩を決める 最後に、「ここまでの話を踏まえて、明日できることは何かな?」と問いかけ、具体的な行動に繋げます。考えて終わりではなく、小さな一歩を踏み出すことが大切です。
これからの時代のAIとの付き合い方
AIは、答えを教えてくれるだけの魔法の箱ではありません。
それは、**自分の思考を映し出す「鏡」**なのです。混乱した頭の中を、構造化して見せてくれます。感情的なパニックに陥っている自分を、「ほら、今あなたはここにいますよ」と客観的な視点で引き戻してくれます。
これからの時代に求められるのは、AIの答えを鵜呑みにする能力ではなく、AIの思考プロセスを利用して、自分自身の思考を改善していく能力ではないでしょうか。
AIに問いを立て、その思考プロセスを眺め、それを自分の脳でシミュレーションしてみる。
それは、自分の思考の「バグ」を見つけ出し、修正していく、新しい時代の知的なトレーニングなのかもしれません。